無課金ガチャでの闘いに幕
子供の頃はゲームというものにはあまり興味のない人間だと思っていた。
しかし、それは大人になってから変わった。
というよりも、元々は好きなんだろう。
子供時代は結構厳しい家庭に育った。
テレビなんかも同級生がよく観ていた番組は禁止なものが多く
そのため、友人と共通の話題が少なかった。
なのでゲームの面白さは社会人になってからだった。
後輩がプレイステーション(通称「プレステ」)の話で盛り上がっていて
楽しそうに話すので自分もやってみたくなった。
何をやっているのか聞くと
「ロールプレイングゲーム」というカテゴリで
その中でも当時話題だったのが
「ファイナル・ファンタジー7」
通称「FF7」であった。。
自分でお金を稼げるようになって
少しずつでも貯金というものもできたので
早速「プレステ」とFF7を買って初めてその世界を知った。
なるほど、単なるゲームではなくて
ストーリーを進めていくのだ、ということが分かった。
仕事以外の時間帯がほとんどそのゲームに費やされて
自分は一体どうしてしまったんだ!と思うほどハマったものである。
ラスト近くになって悲しくて泣いてしまう場面があり
一人一人の性格が違って
リアルで内面的な細かい部分までしっかり描かれていた。
この時から自分はFFシリーズの新作を待ち侘びるようになった。
しかし、ゲーム機であるプレステは高価で
何年かごとに新しい機種が出るため
断念したシリーズもある。
そして、昨年ipadでもFFができることを知り
ネットに繋げないとできないソーシャルネットワークゲーム。
ソシャゲと略されるが、
実はソシャゲは全く興味がなかった。
まぁ、ちょっと体験してみるかとやってみた。
そして、ゲームを作ってくれる方々に悪いが
自分はソシャゲに関しては無課金派である。
というか、ネットの世界で課金はまずしない。
古い人間だからかな、、、
手元にブツとしてあるのとないのでは意味が変わるのである。
噂によると、6割以上が無課金で楽しんでいるらしい。
このFF7エバクラもそうである。
そんな中、どうにかしてお金を出させようと
運営チームの方達は考えている。
そりゃそうだよね。
ここ1年間やってきてもういいかな、と
心の半分以上そう思ってしまった。
それから、エバクラを運営している会社は
もしかしてFFを知らないのかな、と思えることが多々ある。
それはSNS上でも炎上しているらしいのでわかる。
ソシャゲーなんてそんなものかもな、って。
なんだろう?
売り上げばかり全面に見えてきて
イベントの多さ、
武器ガチャを回させ
ガチャを回せるアイテムも何か
鼻の先にニンジンぶら下げられた馬のような気持ちにさせ
課金の価格も半端じゃない。
FF7のストーリーを下げている。
ネットの中の知らない人たちとフレンドにして
ギルドを作りマルチの戦いをさせる。
一番嫌だと思ったのは先日から
プロフィールに勲章がつくようになったこと。
ひと目見て「この人、まだ何も勲章ないじゃん」
と分かるように仕様変更したことで
離脱した無課金勢がものすごく多くなったらしい。
まぁ、無課金のユーザーなど製作側はいらんのだろう。
しかし、FFだよ。
そんなものでFFを汚さないでほしい、と思った人はかなりいるだろう。
ゲーム単品を手に入れて一人で遊んでいた時代が懐かしい。
最新作のFF16は超リアルな画像だけど
あんなにリアルだとかえって気が失せる。
綺麗だと感動したFF13のグラフィックまでは良かった。
あれで十分だよ。
それに、このFFエバクラは
戦い方も難しくなり、考えることも増え
一つの戦いをクリアするのに一体どれだけの時間が奪われるか・・・
こりゃ、まるで仕事か?と思えるほどストレスが溜まる。
ゲームでこんなにストレスを感じたことない・・・
ピークだったのがお正月のイベントだ。
ものすごい量のコンテンツをこなさなくてはならず
1日中やらなくてはいけない。
本来イベントが多いと楽しみが増えると思うのだけど
エバクラは正月でも休ませない笑
疲れた先のガチャでやっとこ手に入れた武器。
ゲーム内では重宝してはいるが飽きている。
飽きているというよりはもしかすると鬱になりかけてるかも(笑)
無課金ではしてはいけないゲームだ。
課金したとしても、
この戦いに費やす時間は半端ない。
一体ひと月何万円つぎ込んでるのか・・・・。
ただの文句になってしまっていることに気づいて
もう自分も離脱することに決めた。
生活厳しい時代の思考パターン
給料が上がらないのに
ここのところいろんなものが物凄く値上がり
生活が厳しいい
例のコロコロの3年間以来厳しい状態
さらにここ何年もずっと厳しい
食費を 捻出するのに
「とりあえず、キャベツさえあれば当分は生きられる」
とか
「きのこさえあれば・・・・」
「米さえあれば・・・」
などなど生きていく手段を考えていると
そのものの値段が一気に上がってしまうことがよくある。
タンパク質は当面卵があれば・・・と今は考えていると
それらに向けて良からぬ事象で手に入らなくなる。。。
これって陰謀論なのだろうか?
「・・・さえあれば」という思考パターンがよろしくないよ
と言われているように感じる。
または、人類の半分以上がこの思考で生活している
その思考エネルギーが「・・もうあるよ」という方向に向かえば良いのだが
いかんせん、そういうふうには思えないのでずっと変えられないのではないか?
不安や疑問はほどほどにしないと
ネットで調べることもやめた方が良い
陰謀論が本当だとしたら
ネットのことはみんな筒抜けだから
世界を回している輩が知ると面白がってそっちへ導くのでは?
思考は現実になる
相当「気にしない」性格にでもならない限り
ググってはいけない
「優しい」という言葉の罠
自分は周りからよく
「優しい」と言われる。
しかし、そう言われて私はまったく嬉しくない。
他人は誉め言葉として捉えているかもしれない。
でも、実際のところ本人に「優しいですね」ということは
非常に失礼な話にもなりうる。
何故なら、
ある頼み事にすんなり応えてくれる
それはその人にとってとても都合のよい人であることが多い。
また、優しい人には頼みやすいから
なんでも頼もうとする。
依存の対象になっていることに気づいているだろうか?
その辺わきまえている人は
誠意をもった態度で頼み事をするだろう。
そうではない人は
あえて「優しい」というところを利用する。
そういうのは結構見抜かれている。
単なる都合の良い人として接してくる人には
その後は近づきたくないものである。
だから、最近はあえて優しく見られないようにしているが
本当に困っている時はさりげなく手を差し伸べよう。
聖書の謎と歴史の結びつき:解明されていないことへの素朴な疑問
今、聖書や歴史、超古代文明、神話、UFO等々話題になっている。
で、今回は聖書についての素朴な疑問をリストにあげてみたい。
聖書についてはきちんと勉強したことがないが今後もあまり勉強はしたくない。
理由は沢山あるが、
その大きな理由のひとつに
聖書はもともとキリスト教から発生したものではない、と思っているから。
その理由もあげれば切りがないから
今は単なる歴史書だと思う程度にしたい。
- アダムとイブが食べた知恵の実とは
- カインが女と出会った、その女はどこから生まれた
- 旧約聖書の前半に出てくる人間の寿命が何百年となっている
まずは、上記3点がいつも頭の中に「?」になっている部分だ。
今まで納得いく解釈はない。
しいて辻褄があいそうな書籍をあげれば
「人類創世記 イナンナバイブル」(今は絶版になってるようだ)
フラットアースで思うところ①
地球は丸いなんてウソであるという理論の動画を観た。
色々とツッコミ入れたくなるんだなぁ。
あの理論では宇宙自体無い、ということになるのでは?
地下はどこまで続いているのか?
海はどこまで続いているのか?
ふと「進撃の巨人」はこの理論からできたのでは無いだろうか?
観ていると妙に辻褄があって納得してしまいそうになるけど、
じゃぁ、肉眼では見えないドームは誰が作ったのか?
そういえば、以前「イナンナ物語」という本を読んだことがある。
その内容とリンクしているとすれば合致している内容も無いわけではない。
アヌンナキが地球の人間を作って最初に置いた土地、いわゆるエデン。
著書の中ではイナンナやニンフルサグらはエデンにドームを作りいつも観察してる。
アヌンナキはどれだけデカいんだ、という話。。
でも、宇宙はやはり描けれてる。
アヌンナキの乗り物とか色々書いてあったな。
しかし、あまりこの本は注目されていないが、私はこの本を読んでいろんなことが腑に落ちた。
疑問に思うところもなくは無いので、その思ったところは書き残しておこう。
仙人
今思い浮かんだこと
私はよく仙人のようだ、と言われるが
それは霞を食べているように食が細いように見える
というものだ。
しかし、私はかなりいろいろ食べている
いろいろ食べている割には細い
その理由は多分体の組織のせいだと思う
食べても太らない
いや、そこそこ太るとは思う
最近気づいたことがある
身体に蓄えるのが得意なものは
私の場合は「水」
だから、
「1日2ℓは水を飲みましょう」というのは
私にとっては地獄に近い
で、何が足りないかというと
幼い頃から油分を受け付けないということ
いや、受け付けない、というより
受け付ける許容範囲が狭いところにある
子供の頃、みんなの好きなラーメンが苦手すぎて
麺の中のひとつずつ食べていて
半分以上食べると吐いてしまう
スペアリブも1本以上
揚げ物も必要以上食べられない
うっかり食べると次の日はトイレに駆け込むことになる
なので必然的に油を避けて食事する
その中身は大豆や野菜、豆腐・・・などのような
精進料理になる
時々はみんなと同じ食べ物をたらふく食べる
それで十分な身体なのだ
仙人は
それ以上に何も食べずに
大気中のなにものかを取り入れることで
生きていける人間のこと
本当はみんな仙人のようになれば
地球は守られるのではないかとさえ思ってしまう
時々
仙人になりたい
そう思うこともあるが
でも、
私は普通の人間であり
普通でいたい